2020年度 研究報告 (立教大学社会デザイン研究所)
「非日常空間の日常における創出」に関する研究
−都市部におけるコミュニティヘルス促進にむけて−
【 概 要 】
本研究の大きな枠組みは、コミュニティヘルスの促進にあるが、コロナ禍において予定していた研究・実践活動が行えない中、本年度の研究・実践活動では、結果的に、コミュニティヘルス促進における「非日常空間の日常における創出」にフォーカスすることとなった。なお、コミュニティヘルスにおいて重要となる「非日常空間」とは、前年度の研究で明らかにしてきたものである。
それは一言でいうと、「従来の経済的価値に縛られない領域において、起こった出来事と和解することができ得る空間」となる(2019年度活動報告書参照)。これは、例えば、日常の社交辞令が行き交うような場とは位相が異なる時空間を指している。このような時空間としては、自然との関係や神仏との関係が深い場、日常から離れる瞑想やワークショップのような場が想定されやすいが、本研究の特徴であり独創的な点は、このような時空間を地域保健医療福祉やまちづくりの領域、すなわち専門家と市民が協同で行うコミュニティづくり(例:地域包括ケアシステムの構築の流れ)とのつながりにおいて、それらの活動と断絶しない形でいかに創出することができるかを試みていることにある。「非日常空間」を日常から乖離した「何か特別な体験」や「ここでしか味わえないもの」とせず、日常で他者と共に生きることへと強く押し出す契機となるような場として創り出すことが、本研究のタイトル「非日常空間の日常における創出」が意味するところである。
尚、これからの社会デザインにおいて、コミュニティヘルス領域にて「非日常空間」を創出することの重要性については、2019年度までの「共創」に関する研究活動において明らかにしてきた。それらを簡単にまとめる。
まず、コミュニティヘルスの促進は、現在、地域における専門家と住民の協働や、自助・共助や相互扶助の関係を構築する必要性が説かれ、それらを促進するコーディネーターの必要性が説かれたりしているが、実際の現場において常に課題となるのは、筆者の見る限り、現代人の、他者と深く関わり助け合いの関係になるほどの許容力(=「他者と共に生きる力」)がそもそも低下しているという点にある。そこで、他者と、日常とは異なる位相で出逢える場や機会を創出し、お互いに共感し承認し合うことができ、またそこから「共創」の関係性を構築していけるような手助けを提供する場が必要となる。そのような場は近現代を生きる私たちが慣れ親しんだ価値観から一線を画す時空間である。さらに、コミュニティヘルスで求められる「他者と共に生きる」という関係に入るには、自立した個人として生きるという価値観から脱し、健康は個人の中ではなく関係の中にあるという価値観や、人を関係的存在として捉える思想に基づく世界観へと開かれていくことが必要となる。
本年度は、上記の研究結果を踏まえて、「自分」という囚われから解かれ、「健康は関係の中にある」とする健康観をコミュニティヘルス領域においても拡げていくことに取り組む予定であった。その一つのツールとして、昨年度開発した、他者と共に生きる力を養うことを目的とした講座「共創する身体づくり講座」(※1) を様々な形で実験的に開催していくことを考えていたが、コロナ禍により断念することとなり、その他の研究活動も変更、修正を余儀なくされた。またこの間、過去の研究および実践活動において重要な拠点であり、「非日常空間」が日常とのつながりの中にあることが、人を日常において強く生きることへと向かわせ、日常で人と関わる力を育むという事例を作ってくることができた(つまり、コミュニティヘルス促進おける「非日常空間」の重要性を立証してきた)延命寺での活動が8月一杯で休止するという自体に見舞われたが、かえってこのことから、物理的な場がなくても成り立つことと成り立たないことが明らかにされ、「非日常空間」の構成要素に関する洞察を深めることができた。
(※1) 「他者と共に生きる」関係構築に向かった「共創する身体」づくり講座−コミュニティヘルスを促進する人材育成プログラム開発に向けて−、Social Design Review Vol.11 参照 論文へ 講座概要へ
【活動内容】
1. 研究会活動
本年度より研究会の名称を「共創研究会」から「リレーショナル・ヘルス研究会」へと変更した。この背景には、これまで筆者が概念化に取り組んできた「共創」は、コミュニティヘルスに向かうものであり、イノベーションの手法として用いられる「共創」とは位相が異なることや、人間を関係的存在として捉えるものであるということがこれまでの研究で明らかになったためである。そこで、「共創」を、他者と共に生きる関係の中にある健康を育む関係性として提案し、コミュニティヘルス領域で働く者にもわかりやすく表すタームとして、「リレーショナル・ヘルス」の概念化に取り組むこととしたことから、研究会の名称も変更するに至った。
当初、リレーショナル・ヘルス研究会の開催方法として、体験型研究会を予定していた。つまり、「健康とは関係の中にある」ということを体験的に感じられるような場を実験的に運営し検証していく予定であった。しかしコロナ禍により対面での研究会の開催が困難となったため、内容を変更し、オンライン対話型研究会として開催した。第1回には哲学者内山節氏、第2回は看護師で僧侶であり大慈学苑を運営している玉置妙憂氏を招き、日常における「非日常空間」を創出する上で密接な関係のある身体性、霊性を取り上げ、現代的意義や課題を語り合う場とした。
(1)第1回 オンライン対話型研究会―内山節先生を囲んで
日時:11月19日(木)19:00-21:00
タイトル:「コミュニティづくりと身体性ー心理療法の功罪を考える
〜現代日本社会におけるスピリチュアリティの・・・な現実〜」
参加者:11人
(2) 第2回 オンライン対話型研究会―玉置妙憂さんを囲んで
日時:12月9日(水)19:00-21:00
タイトル:「コロナ禍のスピリチュアルケアの現場から、暮らしの中のスピリチュアリティを考える」
参加者:8人
2. 「非日常空間」の創出の実践活動
以下は、葛飾区にある青戸やくじん延命寺にて行なった活動である。延命寺では、2016年から様々な「非日常空間」を創出してきていたが、4月からは、これらをより一体的に運営する主体として「延命寺・場を開くプロジェクト」を立ち上げ、地域住民や檀家との連携のもとコミュニティづくりを意識して「延命寺 劇場プロジェクト」に取り組む予定であった。しかし、その計画は緊急事態宣言の発令や自粛要請によって変更することとなり、4月からは、日常が非日常化する中で、これまで開いていた場を閉じないこと、これまで通り心の拠り所として集える場を継続することに全精力を尽くすこととなった。しかしお寺の本業との兼ね合いから長期的な計画の見直しが必要となり8月一杯で一旦活動を休止することになった。9月以降は、場の継続の要望が強くあった(3)および(4)については主催を変更して継続した。
(1) 「それぞれの3月11日への静かな時間」 延命寺 本堂にて 3月11日 18:45〜21:00
東日本大震災から9回目の3月11日に、直接の被災地とはならなかった東京でもさまざまな思いを持ち
続けていることに対して、その思いと共にいられる場として開催。
黙祷、副住職の声明と共に過ごす時間をとった後、円になって思い思いの言葉を紡いだ。
(2) 「ただ静かに過ごせる場所」 延命寺 本堂にて
緊急事態宣言の発令に伴い、それまで月1回定例開催していた円坐(本堂のお地蔵さんと一緒に円になって
集う場)をとりやめ、かわりに、緊急事態宣言下でも心の避難所として立ち寄れる場として本堂を開いた。
心の整理をしたり、会話をしないまでもお馴染みの顔に会えたりする場として開催した。
月1回、4月から7月まで開催 4/8, 5/13, 6/10, 7/8
(3) てらたん塾(「てらたん」は、「寺で胆力をつける」の略称) 延命寺 広間にて
てらたん講座(※1の「共創する身体づくり講座」の原型となった講座)の修了生の月1回の探求の場。
心理療法の技法を用いて自己探求を共に行なっている。
その気づきをどう日常に活かせるかについても共に探求している。
月1回開催。1/19, 2/9,3/15, 4/19(オンライン), 5/24(オンライン), 6/21, 7/19,
9月以降は場を地区センター等に変更。
「旅するてらたん」と名付けて延命寺プロジェクトとしてではなく開催。9/13, 10/18, 11/15, 12/20(予定)
(4) オンライン寺子屋(哲学者内山節先生の寺子屋)
「内山節先生の寺子屋」はもともと2015年4月から延命寺で定期的に開催していた。
コロナウイルス感染拡大状況が日増しに深刻になっていった4月から、開催を休止するのではなく
急遽オンラインに切り替え、即席の運営チームを編成して継続した。
8月までは、「延命寺・場を開くプロジェクト」主催として開催。
10月からは、「寺子屋運営チーム」主催に切り替えた。
それに伴い、筆者としては研究活動の参与観察として位置づけ、運営方針を出すことに密に関わりながら、
オンラインで開催される学びと対話の場が、いかにして参加者がコミュニティ(他者と共に生きる世界)を
作ることやコミュニティにつながることへと寄与しうるのかをのちに見極められるよう、
検証材料の収集として記録のとりまとめをしている。
4/5, 5/17, 6/7, 7/5, 8/8, 10/4, 11/8, 12/5,
オンライン寺子屋の詳細はホームページで →こちら
3. 参与観察
舞踏と瞑想については、非日常空間を、即座に、道具や環境(設備)によらず成立させるものとして兼ねてから着目していたため、以下の体験の場に参加した。
(1)大野一雄舞踏研究所にて大野慶人に師事し、独自の舞踏観に従ってワークショップを行なっている
田中誠司による舞踏ワークショップ「肉体と空間との切実なる関係」
1/12(日) 13(月)
(2)平本ニルー氏によるオンライン9日間瞑想会への参加 8/8〜16
4. その他
本年度は、以下において、コミュニティヘルスにおける「非日常空間」の意義やリレーショナル・ヘルスという概念を紹介する機会があった。
(1) 大慈学苑 訪問スピリチュアルケア専門講座 スピリチュアルケア技能(面接技法)担当
(2) 相模女子大学 人間心理学科 臨床心理学演習V(後期) 担当
(3) 杏林大学地域活動助成事業 防災セミナー「誰も取り残されない防災の地域づくり 11/22, 11/29
(コメンテーターとして出席)
(4) 一般社団法人あんしん地域見守りネット地域連携チーム育成支援・ホットライン相談業務アドバイザー
(5) 流山市協働まちづくり提案調整会議 (議長)
(6) リレーショナルヘルス研究会メールレターの発信 8/1
(7) 松戸市内で活動する地域福祉プロフェッショナルの会合(略称:松戸アベンジャーズ会合)
2/20, 3/23, 6/16, 7/21, 8/20, 9/15, 10/27, 11/17, 12/15,
【 成 果 】
1. 研究会活動
年度の前半は活動休止状態になってしまったが、後半に開催したオンライン対話型研究会には、小規模の研究会活動にしては多くの参加者があり、また参加者の発言から日常における「非日常空間」への関心とニーズの高いことを確認できた。また、この研究会に、延命寺の「てらたん」に連なる者たちが多く参加し、自分たちの創りだしている「非日常空間」について共に言語化に取り組めたことの意義は大きいと考えている。
2. 「非日常空間」の創出の実践活動
コロナ禍においても、場を開きつづけ、たくさんの参加者が従来どおり参加し続けたことは成果の一つと考えている。拠点としていたお寺での活動が継続できなくなったが、日常との連続性において、身体性・霊性が優位な場(例:てらたん)があることや、知性や科学主義的思考に偏ることへの危険性を常にリマインドされる場(例:寺子屋)への継続の要望の強さを改めて確認することができた。「てらたん」メンバーの中にはコロナ禍により失職や引っ越しをすることになった者が数名いたが、「月1回のこの場にて『身体にどっぷり入る』ことがこれからの自分が選択する方向性を見つけていくことにつながっている」「不安にならないでいられている」という言葉も寄せられ、コロナ禍における開催の意義も確認できた。
3. 参与観察
舞踏家やダンサー(コンテンポラリーダンス)との対話から、「非日常空間」を成り立たせる要素について洞察を深めることができた。それは、たとえば、「立つ歩く座る等のシンプルな行為を感受性を総動員して繊細に丁寧に行うこと」や、「人がほんとうに真摯になる」ことなどであるが、これらはこれまで延命寺で創ってきた「非日常空間」においても重要視してきた要素と親和性が高いことが発見できた。
4. その他
本年度より講師を務めることになった大慈学苑をはじめ、様々な機会で、リレーショナル・ヘルスという概念や「非日常空間」のコミュニティヘルスにおける重要性を伝え、共感と関心を持って受け止めてもらうことができた。医療、福祉の専門家としてコミュニティヘルスに関わる者に対して、コミュニティヘルスにおいて新たな領域を開拓していることを周知することができたことについて、一つの突破口を開くことができたと感じている。
【 課 題 】
本年度は、計画変更を余儀なくされ、目の前にあがってきたテーマに手当たり次第取り組むという活動スタイルにならざるをえなかったが、結果的に、以前から取り組んできた「非日常空間」がコミュニティヘルスにとって重要な機能となりうることを再確認することとなった。今後の課題は、この「非日常空間」とは何かという問いに向き合い、その構成要素を割り出すことや、舞台芸能、霊性との関係性を整理すること、それをコミュニティヘルスに活かすために要する手順や手法を整理していくことである。次年度はそれに取り組みつつ、舞踏やダンスの要素を取り入れていくことの可能性を探っていきたい。
日常における「非日常」は、
自らが 共に 創り出すもの。
自らが共に創り出すところに、人を生きることへと向かわせる力が宿る